一級建築士に聞く「建築物の換気とエアロゾルによる感染拡大」

一級建築士に聞く「建築物の換気とエアロゾルによる感染拡大」

 

建築物の換気とエアロゾルによる感染拡大を考える

今も猛威を振るっている新型コロナウイルスCOVID-19。すでに最初の症例が出てから3年以上が経過し、様々なことがわかってきました。特に感染経路や感染拡大の要因は、エアロゾル、つまり空気を介して感染する点で、空気が滞ることで新型コロナウイルスに罹患する確率が高まることがわかりました。そのため、室内の空気を入れ替える換気を行ったり、汚染された空気に接することが無い空気の流れを生み出すなど、いかにエアロゾル感染のリスクを下げるかが重要とされていますね。

エアロゾル感染のリスクを下げるため、3密を回避するためには「換気」が非常に重要になります。今回は、建築家の視点で換気とコロナ対策に注目して考えてみました。

建築物と換気

まずは建築物と換気について簡単に説明します。

法的な位置づけ

建築物の換気については、建築基準法(以下「法」)で明確な基準が定められています。

まず最初に規定されているのが法第28条第2項です。こちらでは、居室には換気のための窓その他開口部を設けることが決められています。また、窓の面積も決められており、換気に有効な部分の面積は、居室の床面積の1/20以上と決められています。

さらに詳しく見ていくと、窓が設けられない場合には、基準を満たす換気設備を設ければよいとも書かれています。窓を設けることが不適切な場合や、地階や高層階で窓を開けることができない事例もありますからね。また、窓以外にも、24時間換気についても規制されていて、引き戸の下に隙間(アンダーカット)などがあたっり、外壁に外部とつながる通気口が設けられているのはこのためです。

法の目的

建築基準法で換気に関する規定を定めている目的はシックハウス対策と火気対策です。シックハウスという言葉は聞いたことがある人も多いかと思いますが、住宅の建材から出てくる有害物質でホルムアルデヒドが有名でしょうか。このほか、クロルピリホスや二酸化炭素など人体に悪影響が出る物質が室内に溜まらないようにするのが目的です。特に窓などの換気設備を活用しなくとも居室内の空気を最低限入れ替えるための24時間換気はシックハウス対策としての面が強いです。

火気についても同じで、火を使うことで酸素が燃焼し、一酸化炭素が生成されるため、一酸化炭素中毒等にならないように換気の基準を定めています。余談ですが、カビ対策として重要な水蒸気の排出なども換気の目的の一つです。

法の規制とコロナウイルス対策

先ほど説明した居室に設ける換気に有効な窓について、何点か気になる点がありますね。

まず、換気のための窓等が必要なのは、居室と限定されています。居室については法2条第4号で「居住、執務、作業、集会、娯楽その他これらに類する目的のために継続的に使用する室」と規定されています。難しいですが、解説書などに具体例も書かれているので、少し紹介します。例えば、住宅の寝室やリビング、オフィスの事務室や会議室、飲食店の厨房や客席などは居室とされます。逆に、一時的に通るだけの住宅の廊下や階段室、継続的な利用とは言えないトイレや浴室、物置などは居室では無いとされます。つまり、法的には住宅のトイレなどの非居室には換気のめの窓は不要となっているのです。コロナ対策の視点で言えば、自宅内のトイレや浴室の換気が不十分であれば、自宅療養している人がいる家庭では家族全員の感染リスクが高いことは簡単に予想できるでしょう。

次に、換気に有効な部分という点にも注目です。換気に有効かどうかの判断は窓の有効開口面積で、例えば、引き違い窓では半分しか開かないので窓の面積の1/2、変わったところで言うと、ガラリ(通気口)などの場合はガラリの角度で有効な部分の面積が決まります。このように、窓の形状については実態に応じて計算するのですが、窓の位置については特に規定はありません。細長い部屋で窓が短辺にしかないような場合は、1/20以上の面積があったとしても部屋の奥の空気は十分に換気されない恐れもあるでしょう。これもコロナ対策という視点では不十分でしょう。

24時間換気について言えば、換気回数は0.5回/hとなっています。これは、室内の空気が2時間ですべて置き換わる数値ですが、建物の建材から発生する化学物質の濃度を下げるための基準で、コロナのようなウイルス対策としては、この換気回数では不十分かもしれません。また、24時間換気のための通気口を塞いでしまったり、換気システムをオフにしている事例もあり、さらに換気回数が減る場合や、給気口と排気口の位置によっては空気の流れが局所的になり、室内全域が十分に換気されないショートサーキットなどになる場合もあり、十分な換気が確保できていないケースがあります。

それもそのはずで、建築基準法では最低限度の規制しか定めておらず、新型コロナウイルスへの対策という視点もありません。つまり、法令を守っている建物であっても、Withコロナ時代では不十分と言えるでしょう。

換気が悪い建物が発生する原因

現在の法律ではコロナ禍の換気検討は不十分ということは伝わったかと思います。

次は、更に一歩進んで換気が悪い建物が発生する原因というのをもう少し探っていきます。

法的に行政のチェックが入らない計画がある

建築基準法では一度建った建物を改修する場合、申請が必要になるケースとならないケースがあります。例えば、大規模の模様替えや大規模の修繕。これらは、主要構造部の一種以上の過半の修繕や模様替えと法2条14号、15号で規定されており、過半に満たなければ申請は不要となります。当然、主要構造部(間仕切り壁を除く壁、柱、屋根など)を対象としなければ、これも申請は不要です。また、用途変更においても200㎡を超える特殊建築物にしなければ申請が不要となります。

申請不要な工事ではモラルが問われる

前述したように、駅前のテナントビルなどで事務所を飲食店などに用途変更する場合で200㎡以下であれば申請が不要となります。申請が不要と言うだけで、法令は守らなくてはならないのは言うまでもないですが、申請が不要の場合は建築主や設計者、工事施工者が自主的に法令順守する必要があり、モラルが問われます。あくまでも私の経験上ですが、費用を安くしようと建築士による設計を行わなかったり、換気や避難、内装制限などの各種法令を守らないまま改修してしまうケースというのが多いです。中にはそういった手続きが必要という認識が無かったという建築主もいます。

例えば、風俗営業1号~3号営業は「外から容易に見えてはいけない」というルールがあるため、新規でキャバクラの営業を開始するときは、窓を壁にしてなくす工事をする必要があります。そのため、窓を塞いだ代わりにそれに見合った機械換気設備を増設する必要があるが、用途変更の手続きが不要な工事であれば、機械換気を増設しないまま営業を開始しているという場合があります。

そのため、必要な換気量が保たれないまま飲食店などに改修してしまっているケースがあり、結果、コロナ対策として重要な換気や空気の流れが悪い建築物が生まれてしまっている訳です。

建築というと難しい、専門的なことのように感じますが、法律上は建築物を適法に保つのは建築主の責務となっています。わからない場合は専門家や行政に相談するなど、モラルを持った建築物の管理を行いたいものです。

機器の性能劣化

換気が悪い建物が発生している原因のもう一つとして、換気扇などの換気設備の性能劣化も上げられます。前述した、有効に開放できる窓による換気では外気に開放できる窓なのでいいのですが、窓の代わりに換気設備を設けた場合には注意が必要です。換気扇等に代表される換気設備は当然ですが劣化します。ですが、換気量計算の際に用いる換気性能はカタログによる数値を用います。カタログ値はその機器が新品で、しっかりとした環境でテストして出している数値になるので、何年も経過し、劣化した換気扇ではカタログ値の換気性能が無いのは予想できるところでしょう。極論を言えば、換気扇が壊れてしまえば換気能力は0になります。

何年も使用していて劣化している換気扇、油汚れなどで十分に性能を発揮できていない換気扇、そもそも換気扇が一つ壊れている、そんな状況の店舗や飲食店では、設計時に見込んだ換気量が確保できていないケースがあり、新型コロナウイルスに罹患する可能性が高い空間が生まれている可能性が高いです。

運用の問題

建築基準法が求めているのは、機械換気にしろ、窓にしろ、換気できる機能であって、建築主が引き渡しを受けた後に、換気設備を適切に使用しなければ、換気が悪い状態で人を招き入れる場合があります。例えば、窓を閉めっぱなしにしたり、24時間換気の換気設備を止めてしまったりという場合がそうでしょう。冬・夏には、窓を開けたり換気扇をつけると部屋の温度管理が難しくなるという問題があるため、ついつい、窓開けをしなくなるという事例は多いと思います。

換気が悪い建物は増えている

実際に、飲食店の改装で個室を設け、換気の見直しをしなかった事例なども多く、私の元にも相談が多く来ています。近年は特に、コロナによるテナントの改修や老朽化した建物物が増えていることもあり、こういった相談事例は増加傾向です。これを裏付けるデータとして、厚生労働省の事務連絡が出ており、特定建築物の定期報告では、二酸化炭素含有率に関する不適合率が増加傾向にあるようです(延べ床面積3000㎡超の特定用途の建築物には年に一度建築物の点検と報告が義務付けられており、二酸化炭素濃度1,000ppm以下が義務付けられている。特定用途以外の建築物は努力義務)。平成18年から平成30年の間に実に1.8倍程度も増加しており、いかに換気が悪い建物が増えているかがわかるかと思います。

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withコロナ時代の建築物の換気

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では、ここからはコロナ禍において、建築物の設計や換気をどのようにするべきなのか、考えていきたいと思います。

感染リスクを減らすために

建築設計における指標の一つであるCASBEEでは、コロナ禍に対応した感染チェックリストなども策定され、Withコロナ時代における建築設計について、徐々に浸透してきています。実際、戸建て住宅であればテレワークスペースを設置したり、自宅にいながら屋外的に利用できる半屋外のリビングなども人気のようです。建築的にコロナへの感染リスクを減らすためにはどういったことができるでしょうか?

入念な換気計算

前述したように、必要換気量の計算というのは窓であれば窓の有効開口面積で、機械換気であれば機械のカタログ値による風量計算で求めることになりますが、これだけでは不十分です。そのため、より詳細な計算をすることが必要と考えます。例えば、窓の高さや位置も考慮して室内の空気の流れをシミュレートするとか。換気扇の性能が多少劣化しても十分なように換気設備を選定するとか。さらに言えば、自宅療養時に汚染された空気が室内に滞留しないような空気の流れを作り出せるような住宅や想定以上の来客があっても十分に換気できる飲食店とすれば理想的でしょう。

 換気により寒い・熱い・電気代が高くなるという問題が発生するのであれば、初期投資は必要ですが全熱交換換気システムを導入が効果的です。

建築基準法における最低限度の計算方法ではなく、実態に即した検討が必要で、例えば人工的にエアロゾルを発生させ空気を汚して、パーティクルカウンターを用いて、換気や空気清浄機等の効果により、空気が浄化される時間を測定する技術に基づく「エアロゾル除去性能測定器」などが近年は開発されています。換気量の測定や、「エアロゾル除去性能測定器」を通して現状の課題を把握してから対策を考えることも有用です。

建築物の維持管理

設計時の注意点とは別に建物の維持管理についても重要であると考えます。前述したように換気扇が劣化して十分な性能を発揮できていなければ、設計時の換気量が確保できなくなります。また、建物を用途変更したり、間仕切り壁などを改修したことにより室内の換気量が確保できない場合や空気の流れが悪くなることもあります。こういった改修工事なども含めた建築物の維持管理というのが重要になってきます。

ソフト面の対策も

ここまで建築家の視点で建築物、ハード面でのコロナ対策に有効な換気について説明してきましたが、ソフト面の対策もやはり重要です。本旨ではないので、詳しくはお伝えしませんが、入場制限による密の回避や手指の消毒は有効ですし、空気清浄機などによる室内空気の浄化や送風機などを用いた局所的な換気も有効と言えるでしょう。

まとめ

何十年も使用する建築物におけるコロナ対策というのは、すぐに実施することが難しいですが、すでに新築される建物では実施されているケースが多く、改修などのタイミングで換気などを意識する人も増えています。これからは、Withコロナ時代に即した建築物というのが求められることになるでしょう。

 


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